Charlie's Cocktail BAR

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クーバ・リブレ / Cuba Libre

お好みで氷を入れた背の高いグラスにラムとライムジュースを入れ、コカコーラを足す。一回だけステア。

飾りは特に必要ないですが、ライムをスライスしたり、櫛形に切ったものを飾ってもよいでしょう。

ビバ・クーバ・リブレ。自由キューバ万歳。

その時は1898年8月のことだったとも、1900年8月のことだったともいいます。当時はまだ仲のよかったアメリカの援助を受けてスペインから独立したばかりのキューバでつくられた――というか名付けられた――といわれるこのカクテルは、だからアメリカを代表するコカコーラとキューバ特産のラムを混ぜあわせたものですし、風味づけはもちろんライム。

当初はあまり注目されていなかったというこのカクテルも、1934年5月の完全独立を経て、これはキューバとは別ルート、トリニダードから訪れた転機だったといいますが「ラム&コカコーラ」と題したカリプソが1943年頃からアンドリュー・シスターズらの手によって広まると一気に人気が高まり、1952年2月に相互軍事同盟を結ぶ頃にはすっかり人気者の一員になったようなのですが、好事魔多し。

1959年1月のキューバ革命とほぼ軌を一にして、バカルディ社は同国からプエルト・リコへと逃げ出し、一連のいわゆるキューバ問題を経てアメリカとキューバの国交は断絶し、いまではすっかり敵味方。

その後、キューバとは決別するかのごとく、その逃げ出した業界最大手のバカルディ社がコカコーラ社と手を組んで1966年5月にライフ誌に「バカルディ&コーク」の広告を出すも、キューバはキューバで1960年に接収した「ハバナ・クラブ」ブランドを唯一正規のキューバ・ラムとして売り続けてまた日は流れ。

今度は業界再編の波に洗われて、業界大手のペルノ・リカール社とキューバ政府が手を組んだのが1993年。1976年に合衆国に登録された「ハバナ・クラブ」の商標権をその合弁事業が引き継いだはずなのに、1998年に、今度はその「ハバナ・クラブ」の創業一家と手を組んだバカルディ社のロビイ活動によって、アメリカではバカルディ社が「ハバナ・クラブ」の名前を使う権利がある――なんてやったものだから喧嘩が再燃。三年越しの今でもまだ係争中なのですが。

ホントにもう、かつての友好の証を、彼らはどんな思いで飲んでいるやら、です。

で、レシピですが。

使うラムの種類によって比率を変えてください。

ぼくのようにコクのあるダーク・ラムを使うときは、ラムを控えめに、またライムジュースは強め。一般的なライト・タイプのラムを使うのであればラムの量をやや多めにして、ライムジュースは強くなりすぎない程度にするのがよいと思います。

ここで使うライムジュースはあくまでも百パーセント果汁のもの、それもできれば生ライムをしぼったものにしましょう。合成甘味料の味はコーラだけで十分です。

日本ではキューバ・リバーないしキューバ・リブレのように呼ばれることもありますが、キューバ・リバーが英語読み、クーバ・リブレがスペイン語読み、キューバ・リブレというのはその折衷ですね。どれを使わなければならないということはありませんので、自分の好みにあう呼び方で呼んでください。

こだわりたければキューバ産のラムにこだわってもよいですが……

すでにプエルト・リコに拠点を移して久しいバカルディはもとより、ハバナ・クラブも前述のねじれのせいもあってかキューバだけでなく、バハマでつくられていたりもするのですからややこしいことこの上ありません。

その辺まで含めてこだわるならそれも一興でしょうが、クーバ・リブレというと、ぼくはすぐ、あの映画にもなった『カクテル』の中で、初めてカウンターの中に入ったブライアン・フラナガンがさんざん慌てたあげくに、ミスター・ボストンを見て、「なんでいわないんだよ。ただのラム・アンド・コークのことじゃないか」(芝山幹郎訳)と声を荒げた場面を思い出すのですよ。

名を取るか実を取るか。

ただ飲むだけならキューバの代表銘柄よりも濃いラムを使った方がうまいと思いますよ。

参考資料

Permalink | 2005/08/15 08:59


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