Charlie's Cocktail BAR

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こういうのもマーフィーの法則ってヤツなんでしょうが、この忙しいときに限って内輪向けにPHPで組んでおいた業務連絡用の掲示板が動作不良を起こしてカリカリ。ローカルではきっちり動いているのでチェックすべき場所がごく限られているのは救いなんですが、やっぱりぼくはPHPよりもPerlの方が好きだなあ。

それはさておき、昨日のフレア・バーテンディングの話の続き。ぼく自身ちょっと舌足らずなところがあったなあと思っていたところに、ふゆひこさんからありがたいフォローが入りましたのでご紹介。

1月7日更新の「よしなしごと」でフレアの質問をされた方がいらっしゃいましたが、サントリーのバーテンダースクールにも専門の講座があるみたいですね。

http://www.suntory.co.jp/school/course/bar/flair.html

こないだ覗いた時にたまたま、見たのを覚えていたもので…。

僕も個人的には大げさなフレアは味に良い影響を与えるとは思えないですが、バースプーンやシェーカーなんかを格好良く扱うのもフレアと考えると、色々できるんじゃないかなと思ったりもします。

そうなんですよね。フレアって一般には派手なボトル・アクションばかりが注目されていますが、本質的にはバーテンディングをもっと魅力的な、創造的なものにしようというものですから、ボトル・アクション以外にもシェイクの仕方やショットの切り方、あるいはもっと微妙な立ち位置や仕草、話し方の工夫なども含めたっていいと思いますし、むしろ日本ではそういった方面での工夫にこそ力点が置かれてきたわけですが。

日本を「フレア後進国」と公言してはばからない方たちは、そういう繊細な工夫には魅力を感じないか、限界を感じてらっしゃるのでしょう。日本のバーないしバーテンディングの歴史からするとフレア的なオーバー・アクションはこの十年くらいで一度完全に否定されたはずなんですが、正統派とされたお店の入りは確実に落ち込んできていますし、カクテル・コンペの限界も見えちゃってますから、若者向けのお店を中心に大げさなフレアに走りたくなる気持ちは理解できます。

実際、1980年代に居酒屋の性質が大転換したのと同じような過程を経て、2000年代にもバーの性質が大転換する可能性は確かにあるわけですしね。

ただ、ぼくはバーテンダーってのは名脇役であってこそのものだと思ってる。主役が大根役者であってもそこそこ見られるものにできるし、主役も名優なら端から見ていてうっとりできる空間をつくりだせるような存在というのかな。そういう人だからこそ主役は自分をもっと輝かせてくれる彼/彼女との共演を望むし、仲間を連れて行って、輝いた自分を見てもらおうとするのだと思う。

でも、残念なことに最近の、特に有名なバーテンダー(の影響を受けた人たち)って、自分のこだわりは声高に語るし、すごいだろうって称讃を要求するけど、ほんとにお客を立てようとしてるのかしら。

主役であるはずの客は、脇役であるべきバーテンダーの名演に、確かに感嘆はするかもしれない。けれど、それが二度、三度と続いたら、つまんないな、もっと自分が恰好よく見えるところに行きたいなって思うんじゃないかしら。

そして、フレア。

派手なパフォーマンスを採り入れるにせよ、繊細さにこだわるにせよ、もちろんバーテンダーは恰好よく見えると思う。じゃあ、お客さんはどう? 恰好よく見えるようになるかしら?

それがね、ぼくがフレアを嫌う理由。カクテル・アーチストだのなんだのって妙ちくりんな名前を嫌う理由。

自戒の言葉でもあるんですけどね、サービスの本質、わかってないじゃん。

Permalink | 2004/01/08 09:00


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