Charlie's Cocktail BAR

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仕事がらみで検索をしていたら「バッドノウハウと『奥が深い症候群』」(高林哲氏)と「バッドノウハウからグッドラッパーへ」(結城浩氏)という大変示唆に富んだ話を見つけたのでちょっと乗ってみましょう。

まず、字面からどうも誤解を招きやすい?表現のようなのですが(あらかじめOOエンジニアの輪!の方も読んでおいた方がよいですね)、高林氏は「何でこんなことを覚えないといけないのだろうか、とストレスを感じつつも、それを覚えないとソフトウェアを使いこなすことができないためにしぶしぶ覚えなければならない…(中略)…雑多なノウハウのことを、 本来は知りたくもないノウハウという意味で、私はバッドノウハウと呼んでいる」のですから、バッド・ノウハウは必ずしも「覚える必要のないノウハウ」とか「覚えちゃいけないノウハウ」とかいう意味ではない、と。

また、結城氏のグッド・ラッパーも、氏の定義では「人間の負担を軽くするようなラッパーを作ることを考えましょう。バッドノウハウを注意深く理解し、検討するのはラッパーを書く人が行う。そのラッパーを使う人はバッドノウハウを苦労して理解する必要がない。…(中略)…バッドノウハウを隠しつつ良い部分を利用できるわけですから。そのようなラッパーを、バッドノウハウに対応させてグッドラッパー(good wrapper)と呼んでもよいですよね」というのですから、必ずしも「万人が使うべきすばらしいラッパー」という意味になるとは限りませんよね。

なぜか?

ここはお酒のサイトですからお酒の方に話を引きつけて話をしますが、たとえば人間が「シェイカーを振る」とか「バースプーンを回す」なんてのはあきらかに高林氏の言うバッド・ノウハウに当たりますよね? そして、結城氏の定義によれば、そのグッド・ラッパーに相当するのはもちろん瓶入りカクテルをつくる製造ラインだったり、路傍の自動販売機だったりでありましょう。

この構図は、つくるものがひとつだけなら、そして使う人が少人数であれば、問題ないのです。

たとえば、その昔、実際にマティーニを自動的につくる機械なんてものがアメリカで考案されたことがあったのですが、自分や身近な友人がドライ・ジンとドライ・ベルモットを混ぜるだけなら、たしかにボタンひとつで1:3とか1:5とか1:7とか選べるマティーニ・マシンは便利なものだったでしょうし、ひょっとしたらそんじょそこらのバーテンダーよりおいしいマティーニを飲めたかもしれません。

けれど、その機械がたとえば世界中のお客さんを相手にしなければならなくなったとしたら。

人の好みなんてさまざまですよね。世の中にはへそまがりもこだわりのあるオタクもいます(ちなみに、この「こだわり」という言葉、国語辞典を引いてもらえばわかると思いますが、かつてはマイナスの評価をするときに使った言葉です)。自分の好みを整数比でぴたっと言い切って満足できる人ばかりとは限りません。

そんな人が、「その機械はグッド・ラッパーだからぜひ使うべきですよ」なんて勧められたら、どう答えるだろう。きっとその偏屈氏は「整数比しかないんじゃ困る、もっと自由な設定を可能にするべく比率はダイヤルで設定できるようにするべきだ」と言い出すでしょうし、その要望に機械の製作者たちが応えていったら、結局はコストばかりかかって、できることは目分量でつくるのと大差ない――つまり、ふたたび職人芸という名のバッド・ノウハウが必要となった――「元」グッド・ラッパーができてしまうんじゃないかしら?

いや、もちろん「そんなことは許さない。グッド・ラッパーはシンプルさが身上なのだから、そんなひねくれものは自分たち用に別の(その人たちにとってのグッド)ラッパーをつくるべきだ」という人もいるかもしれません。

けれど、その人はその人で、今度は無数に存在する「グッド」ラッパーの中から自分に最適なラッパーを選ばなければならない――たとえば、ほしいお酒の入っているたったひとつの自動販売機を探して世界中を駆け回らなければならない――というバッド・ノウハウの元を増やしているだけ、ですよね?

いまはその機械が一種類のカクテルしかつくれないと仮定しましたが、横着をしたいという人の欲求には限りがありませんから、その(自分が使い方を覚えた)なじみの機械で別のカクテルもつくれるといいなあという気持ちがわきあがってくるのは当然でしょう。

その結果は――もちろんひとつひとつの部品はたしかに誰かのグット・ラッパーなんだろうけど、結局膨大なマニュアルを読まないと使い方もわからないようなバッド・ノウハウの塊のできあがり、です。

いや、もうひとつ選択肢がありますか。「そんなものは飲むな、黙って標準化されたマティーニだけ飲んでいろ」ってね。少なくともぼくはそんなのご勘弁ですが。

では、どうしてこんなことになってしまったのか。

ぼくが見る限り、このふたつの議論の(というか、このふたつの議論にまつわる議論の)決定的な問題点は「一般化のしすぎ」、または「一般化のしすぎをとがめていないこと」にあると思うのです。

もちろんご両人の考え方に問題があるというのではないのですよ。こんな短い気楽な議論でそんな判断をくだすのは無茶というものです。

ただ、たとえば高林氏の書いた「バッドノウハウは、ソフトウェアの複雑怪奇な仕様が歴史的に引きずられ、根本的な改善は行われないまま、そのノウハウが文書によって受け継がれることによって蓄積が進行する」という一文。この、いかにもバッド・ノウハウがはびこる根元のように見えてしまう文書というものは、結城氏の定義に従えばまず間違いなくグッド・ラッパーでしょう。だって、その文書にはたいてい「〜の使い方」とか「〜のコツ」とか、わかりやすい表題がついて、(長いものならたぶん)わかりやすい目次がついて、それさえ読めば(そしてその中身をコピーすれば)そのバッド・ノウハウの本質がどうであるかは理解できなくても(たぶん)そのノウハウを利用できてしまうんですもの。CD-ROMにでも焼いてあれば、それこそ検索してコピペして終わりです。うかつなラッパー(モジュールとかなんとか)を理解しながら使うより早いはずですよ。

もちろんそんな文書がなければそのバッド・ノウハウなしでは使い物にならないソフト自体も消えていた(そもそも陽の目を浴びることすらなかった)のでしょうが、問題を大きくしたのは文書ではないですよね。

むしろ、問題は、つくった当人の意図には沿っていた(つくった当人にとってはグッド・ラッパーだった)はずのソフトを、その作者の当初の意図以上に活用しようとあれこれ付け加えた誰か(往々にして当人だったりする)の、結果的にはグッドでなかったラッピング(平たく言えばバージョンアップ)によって蓄積してきたはずです。

そもそも、「奥が深い症候群」にかかった人たちなんて問題外なんです。彼らは現状維持で何の問題も感じていないのですから。

やっかいなのは、何の悪気もない、「たまたまそこにあったから」あるいは「たまたま誰かが使っていたから」それを使っている、奥の深さなんてどうでもいい、グッド・ラッパーだけを使いたい誰かが、複雑怪奇なバッド・ノウハウを駆使できるハッカー(ラッパー作者含む)に「このラッパーはクールだけど、ここが足りない」とかなんとか言って、その人の(特殊な)事情にも対応できるよう(つまり、一般化を)求め、ハッカーが善意からそれを実現しようとすること。

ぱっと見はとてもよいことをしているように見えるんですが、本当はこの善意こそが問題を深刻化させている根元なんじゃないかしら?

それは、どんなに使いやすいソフトであっても、そう。むしろ使いやすいと評判のソフトこそそうかもしれない。「誰かに使いやすいなら、当然自分にも使いやすいだろう」なんて、幻想でしかないんですが、どうも昨今の業界はなんでも標準化標準化って、小川の両岸ならそれこそ木を倒すだけでも渡れるのに、橋たるものはこういうものでなければならぬと、それこそ海を越える橋までつくれるような仕様を決めて。

そりゃ昔と違って機械化が進んだ今、そんな冗長な仕様を決めても実現できるだけのマシンパワーはあるかもしれませんけれど、そんな仕様で橋をつくれるのは大企業や、これはちょっと性格が違うけれど国家だけでしょう? その大企業や国家にしたところで、実際の利益を得るのはそのトップ陣だけで、全員が大企業なり国家なりに勤めるようになったからとて幸せになれるとは限らないってのは共産圏がすでに実証済みのこと。それでいいのかいなと思っちゃうんですよね(^^;)

最後のほうは話がそれちゃいましたが、ぼくの結論はこう。

バッド・ノウハウを嫌うなら嫌うでいい。そんなノウハウなしに使えないものはきっぱりさっぱり捨てちゃうのでも、グッド・ラッパーを作ろうとバッド・ノウハウの海に遊ぶのもいい。けれど、万人にとってバッドなものってものはないし、同様に万人にとってグッドってものも、ほとんどない。そういう当たり前のことを当たり前に受け止めたうえで、これはどこまでならグッドで、どこからはバッドなのか、日々精進して見極めていきましょう、と(笑)

ま、「過ぎたるは及ばざるがごとし」と言ってしまえば済むことなんですけれどね。結果は、自分の選択と気の持ちように応じてどうとでも変わるはずですよ。

Permalink | 2004/03/12 09:00


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