Charlie's Cocktail BAR

  • −お酒は責任のとれる範囲で飲みましょう−

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我ながらいったいどうなっているんだろうと首を傾げながらも、一日分のはずの仕事が三日かけても終わらないという超低空飛行が続いてほぼ一ヶ月。いろいろと質問などいただいておりましたのにお返事を滞らせてしまって申し訳ないことをしました。ようやく復調してきたようですのでここの更新も再開します。

さて、すっかり古い話になってしまったのですが、「米国生活12年間、日系の大手企業で勤務していた62歳のすこぶる元気な男性です。8月31日付けで定年退職しました。9月は米国でやり残したゴルフ三昧をすることと、日本に帰国したら出来ないであろうスペイン旅行(10日間)をして、9月末に帰国予定です。帰国後はバーテンダースクールに通い、一通りの技術を習得してどこかの町でショットバーを開きたいと考えています。たまたまこのサイトを知りました。なにかアドバイス入たdヶ増したら幸せです。」という大村さんへ。以前にも同じ質問にお答えしたはずですが、その後サイトのデザインが変わったから初めてと勘違いされてしまったのでしょうか。前回の回答が2003/10/06付けのよしなしごとにありますのでご覧くださいませ。

それから、はばかりの40番77番にそれぞれコメントが届いておりましたので追加してあります。

お久しぶりの love phantom さんへ。「スコッチのアードベックのラベルのクルクルしたAの文字の由来を知りたいのですが・・・」とのことですが、いちおうアードベグのサイト経由でメールを飛ばしておきましたので、返信が届いたらここでも紹介しましょう(こういうメールへの返信は経験上一月くらいかかることも多いのでそのおつもりで)――が、あれって単なるトレードマークでなければどこぞの古い書体を引っ張り出してきただけのものではないかと思いますよ。ヨーロッパの知識階級がいまよりはるかに暇だった時代にはああいう装飾的な文字もよく使われていたものです。手元に適切なURIはないのですが、特に活版印刷が始まる以前の写本や挿絵の類(大学や古書店はもとより、案外美術関係の本をあたると簡単に見つけることができたりします)を見る機会があったらページや段落冒頭の文字に注目してみてくださいまし。

もうひとつ、Gimletというタイトルの詞を作るのにいらしたというsantaさんから詞の全文をご紹介いただいているのですが、これはぼくのところに載せておくよりsantaさんのサイトでご覧いただいた方がよいでしょう。掲示板式なのでいずれは消えてしまう/隠れてしまうのかもしれませんが、「さんたの詞」のコーナーの107番目(2004/09/21付け)がそれです。個人的にはいささかちぐはぐな、言葉が上滑りしている印象を受けましたし、出会いのレシピがジンとライムが半々というのでは後が続くまいと思ってしまったりもしたのですが――ジンが男でライムが女というときに、出会いの味が甘すぎるからとライムを減らしていったら女の居場所は減るばかりということになっちゃいますもの。それはそれでひとつの詞ですが、それなら二番の歌い出し(あるいは締めくくり?)は変えた方が自然でしょうし、もっと自然につくるのであれば出会いのレシピをもっと(現代のごく一般的なレシピ通りに)男優位にして、少しずつ理想の半々レシピに向かっていくとかなんとかした方がまとまりのよい詞になったんじゃないかしら、なんてね――みなさんの感想はさていかに。

最後、ハイボールについての備忘録。

(1)発祥はおそらく19世紀末。野球に関連させる意見もなくはないが(Old Waldorf Bar Days)、通常は鉄道の駅にかかげられた「急げ」の印が転用されたものとされている。

(2)よって、この飲み物も本来的には駅弁よろしくごく短時間のうちに調製・販売するという了解のもとで生まれたものと思われる(それが駅で売られたか、バーで売られたかはさておくとして)。

(3)その目的を達するのにシェイクやステアは不要。原初の形はウイスキーの「水」割りだったはずだ。

(4)ただし当時のバーでは「水」と言ったら、衛生上の都合などから瓶詰めされた(炭酸)水になることも多かった。古いレシピ本にはしばしばヴィシーやアポリナリス、ペリエといった名前が見られる(発泡性であっても、これらはあくまで「水」として扱われる)。

(5)その「水」は少しずつ拡大解釈されていく。禁酒法以前、ジンジャーエールが流行った時代にはジンジャーエールを使うハイボールが量産され、第二次世界大戦中(日本の場合は戦後の占領下時代)、コカコーラが米軍御用達だった時代にはコカコーラを使うハイボールが量産された。

(6)ただし、アメリカでハイボールという言葉が力を保っていたのはせいぜいその頃まで。グラスの名前としては後代まで残ったけれど、1965年にはすでに「practically archaic」になっていたという一節がOEDに引用されている。

(7)こうして由来を見てみると、日本の大衆居酒屋がディスペンサーで作っているチューハイがなんだかとても由緒正しく見えてしまうから不思議だ。もっとも、これは「早い」「安い」の点に限ってのことで、うまいかどうかはまた別問題。

(8)そして、日本におけるチューハイとアメリカにおけるモスコ・ミュール、それぞれの果たした歴史的役割やハイボールとの関係性を比較するとおもしろい――んですが、それはまた機会をあらためて、ということで。

Permalink | 2004/09/23 09:00


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