Charlie's Cocktail BAR

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学生時代に所属していたサークルのOB会で千駄木へ。同期が半分、会ったことのない後輩たちが半分という構成で三時間ほど、というそのこと自体はそれなりに有意義だったのですが――

イタ飯のコースの最後にほとんどひとり一皿のペースでパスタを追加注文するやつがあるかいなと思いっきり苦笑い。年下の(といってもせいぜい五つ六つしか違わない)子たちによると「先輩たちにおごってもらったりしたことないから(飲食の文化みたいなものが受け継がれなかったんですよ〜)」なんだそうですが、二十歳やそこらの子が言うならともかく、三十近くにもなってさすがにそれはないんでないかいと、思うのはオヂサンだけなのかしらねえ。

ま、結局見かねて、たいして飲んだわけでもない同期の仲間たちにも当初予算の三倍を越す負担を強いてしまったのですが、もともとおごりおごられなんて伝統のなかったところにうざったいもの持ち込んだんだから、あえて返してもらわなかった剰余金はきっちり現役生たちのために使いなさいよと公開苦言しておきましょう。

それはさておき、先日書いたギムレットとビターズの話。整理して書けばもっとわかりやすくなるんでしょうけど、それはまた場所をあらためて書くことにして、とりあえず前回はしょったところを補足しましょう。どうして No bitters がそんなに大事なひとことだったのか。

問題の "A gimlet. No bitters." というせりふが出てくる第二十二章というのは、ちょうど第一部の謎解きが終わって、テリー・レノックスに遺言(第十二章)として頼まれた別れのギムレットを飲みに行った場面。直前、第二十一章の末尾には I thought of him with a vague sadness and with a puckering bitterness too. 「私は彼を想い出して、ほんやりした悲しみといいようのない苦々しさを味わった(清水訳)」なんて言葉も書いてあるくらいで、それなりに覚悟を決めてお別れをするつもりだったはずなんですが、マーロウ自身、腑に落ちていなかったんでしょうね。頼んだギムレットにはビターズを入れられなかった。それどころか、たまたまこの日はじめて封を切られたローズのライムジュースがあったおかげで、この小説のなかでは唯一、レノックスが言うところの「ほんとのギムレット」を飲むことになってしまう。

そのギムレットがほんとのお別れたりえなかったのは、四十五章に証拠が出てくる。I've never really said goodbye to him. If you publish this photostat, that will be it.「ぼくはまだほんとのさよならをいってない。君がこのコピーを新聞に出してくれれば、それがさよならになるんだ(清水訳)」

それを受けて、四十六章。「ビターを入れるんでしたね」「いつもはいれないよ。Just for tonight two dashes of bitters.(「今夜だけはふた振り入れてくれ」これはぼくの訳)」どうしてふた振りか。ふたつの殺人事件が解決したから。あるいは、二人の死、二つの別れを悼んだから、かもしれない。とにかく、マーロウにとって、これが最後の、レノックスに対する決別のギムレットになった。

だから、五十三章。ギムレットを飲みに行かないかと誘われて、マーロウははぐらかす。いくらかのやりとりの後に、So long, amigo. I won't say goodbye. I said it to you when it meant something. I said it when it was sad and lonely and final. と言う。清水訳では「君とのつきあいはこれで終わりだが、ここでさよならはいいたくない。ほんとのさよならはもういってしまったんだ。ほんとのさよならは悲しくて、さびしくて、切実なひびきを持っているはずだからね」なんてなっていますが、これじゃたぶんわからないでしょう。違いをくっきり訳すと、ほんとはこんな感じなんですね。「またな。お別れは言わないぜ。もう言っちまったからな。ほんとのお別れのときに。悲しくて、さびしくて、もう会えないんだってときに」

この違いがわかってないと、マーロウが最後に、So long, Senor Maioranos. Nice to have known you -- however briefly.(またな、マイオラノス君。友だちになれてうれしかったぜ――わずかのあいだだったがね)と言ったのにマイオラノス=レノックスが Goodbye.(お別れだよ)と返した意味がわからない。ついでにいうと、第十二章、例の遺言の手紙の最後。「ヴィクターでギムレットを飲んで……レノックスなんてやつのことは忘れてくれ。それでお別れだ(And so goodbye)」なんて書いたあと、「メキシコ人は好きだが、メキシコの牢屋は嫌いだ。またな(So long)」と書いてある妙味もわからない。

また、この文脈があるからこそ、例の有名なせりふが生きてくるわけ。

To say goodbye is to die a little.「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」(五十章、清水訳)

これもおかしな訳で、ほんとは「お別れをいったら、心のどこかが死ぬんだよ」って意味なんですけどね。

翻訳、それもミステリの翻訳ってつくづくむずかしいなあと思います。

追記:So long と goodbye といえば、「めぞん一刻」の何巻目だったか、たしか一刻館に転がり込んだ八神が、一度は Long Good-by と書いた手紙を So Long! Good-by てな具合に訂正して再会を期したなんて話もありましたナ(記憶だけで書いているので表記はあやふやですが)。

Permalink | 2005/04/30 09:00


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